『ライカで見つける10人の肖像展』インタビュー【第4回】大門美奈「ライカで撮ると、その場の雰囲気を邪魔しない」
はじめに
2024年6月21日(金)から新宿 北村写真機店地下1階「ベースメントギャラリー」で開催されている『ライカで見つける10人の肖像展』(~7月31日)。同店6階ライカブティックのオープンを記念して企画されたこの写真展は、日本を代表するライカ使いの中でもポートレートに定評のある10人がクリエイティビティを競い合っています。(2024年7月31日で終了)
ベースメントギャラリーを舞台に競演する写真家たちの「フォトライフ」を紐解く連載記事も最終回を迎えました。連載の掉尾を飾るのは、モノクロ作品に定評がある大門美奈さん。撮影に使用したカメラ・レンズをはじめ、出展いただいた作品の誕生秘話などについてお聞きしました。
ライカだと、少し外れているものもいい
——展示作品について聞かせてください。いつどのように撮られた作品でしょうか?
金沢のバーで撮った写真です。あるメディアの仕事で、私もお酒を飲みながら撮っていました。最後のほうのカットだったので酔っ払ってピントも怪しいのですが、マスターの雰囲気が最もよく現れています。こうした場所でも、ライカで撮るとその場の雰囲気を邪魔しないなと感じました。
他にも、マスターを正面から撮っていたり、ピントがちゃんと合っているカットもあるのですが、それらは説明的すぎてしまう感じがしたんです。使っているカメラがM型ライカだからなのか、ビシッと写っているものより、少しズレている写真もいいなと思いました。これも少しピントが狙いから外れています。それでも、お客さんに優しく語りかけている横顔の雰囲気が素敵だと思って、この1枚を選びました。
——撮影に使った機材を教えてください。
ライカM10モノクロームと、復刻版のノクティルックスM f1.2/50mm ASPH.です。ライカM11の発表イベントを見にライカストアへ行ったとき、たまたまこのレンズを触って「これだ!」と思ったんです。M型に取り付けるとちょうどいいバランスで気に入っています。
M型ライカには、街中で服装に気を配ってライカを持つという楽しみもあるので、街歩きを楽しみながら撮りたいときはライカM11-PやライカM10モノクロームの出番です。ライカM11-Pはトップカバーが真鍮製のシルバーを選びました。ブラックだとトップカバーがアルミ製でカメラ自体が軽くなっているのですが、私はそれなりに重さがあったほうがしっくりきて好みでした。
この復刻“ノクチ”は、ピントの浅さや、決して柔らかすぎない「どろん」とした重厚感のあるボケが、新橋の芸者さんを撮るのにピッタリだなと思ったんです。ノクチだからこそ絞り開放で撮ろうという気持ちになります。レンズ自体の見た目、周辺光量落ち、線の細さも好みです。
納得できるモノクロプリントで写真展を行いたい
——作品のセレクトはどのように進めますか?
展示をするときもポートフォリオを作るときも、まずは一通りの写真を紙にプリントするんです。最初はA4に複数の写真をプリントしたものを切り分けて並べます。最初にとりあえずたくさん出力するときと、セレクトが進んだ後の段階では、プリンターも使い分けています。
一度、造本家の方が講師を務めるワークショップに参加したときに「(写真が)上手いのはわかるけど、セレクトが良くない」とアドバイスを受けて、悔しかったので再度セレクトしなおして、もう一度お願いして見ていただきました。そこで「これだったらいいんじゃないの」という話になり、その後に京都の赤々舎を訪れたことが、写真集『浜』(2018年)に繋がります。
日頃からプリントを意識しているのは、なにより自分自身が納得のいくモノクロプリントで制作、また写真展を行いたいからです。ライカGINZA SIXで新橋芸者を撮り下ろした「新ばし」ではDNPメディア・アートが開発した高品質モノクロプリントで発表も行い、それ以降、写真展を行うとプリントの販売につながることが多くなりました。
きっかけは弁当箱を題材にした写真展
——大門さんが写真家になるまでには、どんな契機がありましたか?
2013年に無印良品のカフェスペースで「本日の箱庭」という弁当箱をテーマにした写真展を開催しました。無印良品のお弁当箱を使っていたことがきっかけです。その写真展の準備では、食材も無印良品のものを使ってお弁当を作り、撮影して、会場のPOPのコピーを考えるところからデータの作成まで、全て自分で行いました。
当時は会社員としてWebデザインの仕事もしていたので、写真展に関する作業は夜な夜な進めていました。でもさすがに両方を並行するのは大変だなと思っていたタイミングで「写真集を作らない?」というお話もあり、いよいよ写真に全力投球したいと思い、「もう、行くしかない!」という気持ちで2014年2月に会社を辞めてフリーランスになりました。それからも写真集に足りない写真をスペインに撮りに行ったりして、4月に写真集「Al-Andalus」が出ました。
——発表しないけれど、写真家として撮り続けている写真はありますか?
撮ったからには発表したいと考えています。コンセプトを決めて撮り始めることはあまりないのですが、毎日撮っているものは、何かの形でもまとまるかもしれないと思っています。猫とお酒とか、いつの間にか作品になっていたものも多く、手元で温めているシリーズもいくつかあります。
写真のお供はコーヒーとお酒
——大門さんの作品をプリントした洋服もありますよね。
はい。GARDÉ COLLECTIVEという洋服のブランドとコラボしています。たまたまグループ展に出品していた写真をデザイナーさんに近い方が見てくださり、「写真が素敵だから、一緒に何かできませんか?」という話に繋がったんです。最初はブティックの記念イベントに写真を展示しただけでしたが、そこから「写真を服にできないか?」という話になりました。生地に写真をプリントして、プリントではなく刺繍で表現したコレクションもあります。
——写真の作業をするときのお供は何ですか?
音楽を掛けていることが多いです。アコースティック寄りの優しいギターが入ったものや、ファンキーなもの、ジャズ、チャーリー・ヘイデン(アメリカのジャズベーシスト)とか、落ち着くような音楽が好きです。夜はスクリーンを下ろしてプロジェクターで映像を映したりもします。あとはコーヒーとお酒がお供です。
買い物は、「衝動買いしかない」
——ライカSL3も導入されたんですよね。
はい。仕事で持ち出すことが多いです。シグマの100-400mm F5-6.3 DG DN OS | Contemporaryや、アポ・ズミクロンSL f2/90mm ASPH.を使っています。やはりSLはファインダーがいいですね。アイカップは硬めで、もう少しまぶたに優しくあってほしいのですが(笑)。使っていて楽しさがあります。背面のボタン類がシンプルなのも気に入っています。また、海辺を撮るときは気軽に撮影できて、防塵・防滴性能に優れたライカQ2の出番です。
——カメラ店には、どれぐらいの頻度で訪れますか?
買い物は、ほぼ衝動買いしかありません。ライカを扱い慣れた信用できるお店で買っているので、欲しい機材を見つけたら、あとは基本的に店員さんにお任せです。都心に出かけたときにはよくカメラ店をチェックしていて、新宿に行ったら新宿 北村写真機店には寄ります。
レンズを選ぶ基準は、触ってみて「いい写真が撮れそう」と思うかどうかで、スペックもあまり気にしないぐらいです。先日もカメラ雑誌の企画でお店に行って、リコーのGRレンズ(コンパクトカメラGR1のレンズをライカマウント化した「GR 28mm F2.8」のこと)を買ってしまいました。このブラックとライカM11-P シルバー・クロームのボディとのマッチングが素晴らしく、現在愛用しているレンズのひとつです。思わぬ出合いがあるというのも、カメラ店の楽しさですね。
プロフィール
■写真家:大門美奈(Mina Daimon)
横浜出身、茅ヶ崎在住。写真家としての作家活動のほかアパレルブランド等とのコラボレーションや、カメラメーカー主催の講座・イベント講師、雑誌・WEBなどへの寄稿を行っている。2011年開催の『Portugal』以来、個展・グループ展多数開催。代表作に『浜』・『新ばし』、同じく写真集に『浜』(赤々舎)など。海外や日常のスナップのほか、日本の伝統美や陰影の表現を得意とし、モノクロームでの表現に定評がある。
■執筆者:鈴木誠
ライター。カメラ専門ニュースサイトの編集記者として14年間勤務し独立。会社員時代より老舗カメラ雑誌やライフスタイル誌に寄稿する。趣味はドラム/ギターの演奏とドライブ。日本カメラ財団「日本の歴史的カメラ」審査委員。YouTubeチャンネル「鈴木誠のカメラ自由研究」