新宿 北村写真機店のカウンターで、お薦めライカを味わい尽くす|Vol.040 エルマー35mm F3.5
カメラのキタムラレビューサイト『ShaSha』より転載
はじめに
皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。新宿 北村写真機店の6階にあるヴィンテージサロンのカウンターで、ライカをよく知るコンシェルジュお薦めの一品を見て、触らせていただけるという有り難い企画、『新宿 北村写真機店のカウンターで、お薦めライカを味わい尽くす』。さて、今日はどんなアイテムを見せてもらえるでしょうか?
ライカフェローのお薦めは?
お薦めライカを見立てていただいたのは、新宿 北村写真機店でライカフェローの肩書を持つ丸山さん。ここ数回はライカM3の超激レアモデルの連発で、凄さは理解できても買うのは無理かも‥と仰ぎ見ることが多かったのでした。そんな心中を察してくれたのか、今回はライカ用の交換レンズのようです。しかも超大口径の標準レンズとかでなく小ぶりなレンズが出てきました。
ライカが2番目にリリースした交換レンズ
「今日はライカのボディでなく交換レンズで、エルマー35ミリをご紹介します」と並べられた3本のレンズ。どれもエルマー35ミリですが、ジェネレーション違いで揃えていただいた模様。ところでエルマー35ミリってどんなレンズでしょうか?
「ライカは当初レンズが固定式でしたが、ライカスタンダードが1930年に出て初めて交換レンズが使えるようになりました。エルマー35ミリはエルマー50ミリに続いてライカの交換レンズとして2番目にリリースされたレンズです。1930年から発売され、次期モデルの広角レンズであるズマロン35ミリとバトンタッチする1948年まで製造されていました」
コンパクトで薄型の広角レンズ
これは、最初期のエルマー35ミリ F3.5です。バルナック型ライカ用のエルマー50ミリの鏡筒を引っ込めたような雰囲気です。
「このレンズはあまりに薄いので珍胴式だと思われていて引き出そうとする人もいますが、これはこのままで、出ません(笑)」とのこと。50ミリのエルマーで鏡筒を伸ばし忘れてピントの合っていない写真を撮った経験のある人ほど、引っ張り出そうとするそうです。
「これは初期型のヘビーカムと呼ばれるモデルで、外観はニッケルメッキ仕上げです。カメラの距離計連動コロを押すレンズ側のカムが分厚いので、ヘビーカムと呼ばれています」
ボディに合わせて変更されたメッキの色
こちらもエルマー35ミリですが、先ほどのレンズは黄色っぽいニッケルメッキ仕上げだったのに対し、クールな印象のクロームメッキ仕上げですね。
「1932年に出るライカD2の時代になるとクロームボディが出てきて、操作パーツもクローム仕上げになってきたので交換レンズもクローム仕上げのものが出てきました」
ということは、これはクロームボディ用に作られたエルマー35ミリですかね?
「これは少し変わったタイプで、ヘビーカムなので1930年代の初頭に作られたものだと思われますが、外観が多分ライツで修理してクロームに変わったのだと思います。本来ならニッケルのヘビーカムなのですが鏡筒交換してあるというのと、レンズをよく見るとコーティングされているので、後期のモデルが生産されていた頃にシルバー鏡筒とコーティング付きのレンズで修理されたのだろうというものです。この時期にはレンズに番号がないので製造年を特定するのは難しい部分があります」
20年近くの製造年数で変化していく仕様
エルマー35ミリF3.5は、20年近く製造されたロングセラーで、ニッケル仕上げがクローム仕上げになり、距離計連動カムは薄く、レンズはコーティングされていったことが分かりました。これは後期の薄型カムでクローム仕上げでコーティング仕様のモデルです。近現代のライカレンズとは異なり、エルマー35ミリの距離指標はメートルもしくはフィートだけで、併記されていません。フィートという距離単位に親しみがなく、あらかじめ撮影距離を目測でセットしてからピント合わせしたい方はメートル表記のものを探されると良いかと思います。
エルマー35ミリの変遷とバリエーション
こちらはマウント面から見た歴代のエルマー35ミリ。右から順に古いです。メッキの色やカムの厚さが変化していくのが分かりますね。いずれも最短撮影距離は1m。
「ごく少数ですが50cmまで繰り出せる近接エルマー35ミリというものもあります。なかなかお目にかかれないですが、明るさがF4.5に抑えられていて、1.75m と10mと無限遠の3箇所にクリックストップがあり、距離計に連動しないスナップショットエルマーというものもあります」とのこと。レア玉の存在も気にはなりますが、エルマー35ミリの魅力はその凡庸さにあるとも言えます。
世界中で作られたエルマー35ミリの類似品
少しマニアックな話をすると、エルマーのレンズ構成は3群4枚でツァイスのテッサー型です。本家のツァイスは35ミリを通り越してもっと広角のテッサー28ミリF8を1933年に発売。1937年にはコンタックスII型と同時にビオゴン35ミリ F2.8を出していますが、テッサーの35ミリというレンズは存在しません。出さなかった理由はテッサー型で35ミリのレンズを設計してもツァイスの満足する性能が得られなかったからではないかと思います。ビオゴンは後群が3枚貼り合わせのゾナー標準レンズと同じ発想で設計されており、広角化していくと収差が大きくなるのを抑制するために後群3枚を巨大化するというレンズデザインです。開放F値も明るく、いかにもツァイスの高学歴な設計者が好みそうな思想で作られていますが、どう考えても製造には困難が伴います。
要するにツァイスのビオゴンは真似して作るのが困難なのですが、やや性能が劣るけれどシンプルな構成で簡単に作れるエルマー35ミリF3.5と同じ3群4枚の35ミリ広角レンズは時代が下がると各社でコピーされ、例を挙げればオリンパスワイドの35ミリ、フォカのオプラー35ミリ、キヤノンのセレナー35ミリ、ニッコール35ミリなどなど枚挙にいとまがありません。ちなみにこの写真にあるのはミノルタスーパーA用のロッコール35ミリ、ライカマウントのオールドデルフト・ミノールとキヤノン・セレナーの35ミリレンズです。キヤノンだけF3.2で6枚構成ですが、その前機種のセレナーF3.5では4枚構成のテッサータイプを採用しており、F3.2のモデルは少し性能を上げるためエルマーのコピーから進歩させたのだと思います。
時代に合致したアクセサリーを愉しむ
レンズ構成を考察し始めるとキリがないので、アクセサリー類でクールダウンしましょう。エルマー35ミリには純正のレンズフードが用意されていました。すっぽり被せるタイプで不要な光線の侵入を防ぎます。「フードをつけている人もいらっしゃいますが、急にデカくなるんですよ。でもこれだけ深いフードなので効果はあると思います」という丸山さんの指摘どおり、ぺったんこなレンズの良さが削がれてしまうのが悩ましいところです。
それに対してレンズの薄さを実感できるのが純正のベークライト製ケース。「このケースはエルマー35ミリがぴったり収まります。ブラックのものはたまに見かけますがこの茶色はあまり見たことがありません」ということで、ライカフェローの丸山さんですら2回しか出会ったことのない珍品のケースだそうです。
まとめ
ここ数年で、エルマー35ミリは急に人気が出てきているようです。丸山さんお薦めのスタイリングとしては「個人的には王道でバルナック型ライカで使っていただきたいです。ブラックボディのDIIやDIIIでしたらニッケル仕上げのレンズで決めていただいて、シルバーのレンズでしたらクロームのボディですね」ということで用意していただいた写真左のバルナック型ライカはIIICのシャークスキン。時代を合わせるとキリッと決まります。
丸山さん推奨の真逆を突いて現行品のクロームボディのライカSL2にライカスクリューマウントをバヨネット化するL-MマウントとライカMマウントをデジタル規格のLマウント化するM-Lマウント経由で装着すれば、なんだか時空を超えた組み合わせが完成してSF映画の小道具みたいな不思議な雰囲気になって、これもいい感じだと思います。
ご紹介のレンズ
エルマー3.5cm F3.5 ニッケル仕上げ ヘビーカム
エルマー3.5cm F3.5 クローム仕上げ ヘビーカム
エルマー3.5cm F3.5 クローム仕上げ
案内人
ヴィンテージサロン コンシェルジュ:ライカフェロー 丸山豊
1973年生まれ。愛用のカメラはM4 ブラックペイント
執筆者プロフィール
ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。編集企画と主筆を務めた「Leica M11 Book」(玄光社)も発売中。