新宿 北村写真機店のカウンターで、お薦めライカを味わい尽くす|Vol.036 ライカM3 プロトタイプ その2
カメラのキタムラレビューサイト『ShaSha』より転載
はじめに
皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。新宿 北村写真機店の6階にあるヴィンテージサロンのカウンターで、ライカをよく知るコンシェルジュお薦めの一品を見て、触らせていただけるという有り難い企画、『新宿 北村写真機店のカウンターで、お薦めライカを味わい尽くす』。さて、今日はどんなアイテムを見せてもらえるでしょうか?
ライカフェローのお薦めは?
お薦めライカを見立てていただいたのは、新宿 北村写真機店でライカフェローの肩書を持つ丸山さん。前回に続き、1952年から1953年の間に作られたライカM3のプロトタイプNr.0030のディテールについて余すことなくお伝えしていこうと思います。
ライカM3プロトタイプを隅々まで拝見
「こちらが、ライカM3のプロトタイプの背面の様子でございます」と丸山さんが差し出してくれた激レアなプロトタイプ。過日、ライカ通の方々がこのカメラの前に群がっていたそうです。ショウケースに収まっているとカメラの正面しか見ることができませんが、カメラの背面も気になるところです。
丸山さんによると最初は皆さん『いや、ウインドウから出さなくていいのでガラス越しで見させてください』と言われていたのですが、せっかくなのでぜひどうぞとお出ししたところ、間近に見て手に取ってみると『あ、全然普通のライカM3と違う』と気づかれて、M3の初期のものと比べてみましょうということで2台を並べてみると『ここも違う!あそこも違う!』と大いに盛り上がったとのこと。
トップカバー前面に段がある
このプロトタイプは製品版のライカM3を世に送り出すにあたり、その前段階として各種の計測を行うためのものだそうです。一説によると65台が製造され、本機に打刻された番号は0030ですのでプロトタイプ30号ということになります。
この機体、距離計の測距用の小窓のあるところから左に向かってカメラボディの端っこの丸く付けられたカーブと接する面がひとつながりではなく段になっています。製品版のライカM3の初期にもごく少数に段が見られるものがあり、本連載Vol.002で詳しくご紹介させていただいております。
背面にもダンダンダダンと4箇所の段がある
正面だけでなく、このプロトタイプ30号は、背面のトップカバーに2箇所、底蓋の左右に2箇所と4箇所に段が見られます。量産型初期モデルに1つ段がついているだけでも希少品とされるのですが、このプロトタイプ30号では正面・背面合わせて何と5箇所に段があります。
「特に、このベースプレートにある段が貴重ですね」と珍しいライカを見慣れているライカフェローの丸山さんもご執心の様子。この段は、一度認識してしまうと頭から離れない感じで、ボデイ背面からの印象が量産機とは異なるものになっている大きな要因です。
セルフタイマーのパーツが異なるプロトタイプ
これはライカM3プロトタイプですが、段付きに加えて量産型とは異なる印象になっているのはセルフタイマーのパーツが細身になっているからでしょう。ウルトラQやウルトラマンに登場したコイン怪獣カネゴンの目玉みたいなシェイプです。
こちらが量産型のセルフタイマー。反時計方向に動かしてセルフタイマーをセットするための指がかりから回転基部に伸びる板状のパーツが太いです。この形状を見慣れている人にはプロトタイプのパーツを見れば『何か様子がおかしい』と気づけるという次第。
巻き戻しクラッチ解除レバーも微妙に異なる
こうなってくると徹底的にプロトタイプと量産機の違いを洗い出したくなってきます。よく観察してみると、フィルム巻き戻し用のスプロケットクラッチ解除レバーの指がかり部分の形状が、プロトタイプでは微妙に小さく、急峻なシェイプになっています。
こちらが量産機の解除レバーです。指がかりは5枚の円盤を積み重ねた形状という点ではプロトタイプと同じですが、円盤の直径が微妙に大きい。それに対してプロトタイプでは小さい直径でスタートしているので頂上部分の直径がかなり小さくなりっており、見た目以上に触覚上での差異を生み出しています。
底蓋をキャッチする突起の形状が丸い!
プロトタイプ30号と量産型のライカM3で底蓋に互換性はあるのか? 底蓋にある2つの段が影響してしまうから装着できないのでは? などと考えを巡らせていましたが、そもそも互換性はないのです。その理由は、底蓋をキャッチするボディ側の突起と、それを受ける底蓋の穴の形が違うからです。量産型のライカM3では切り欠きのある突起が設けられていますが、プロトタイプでは丸い。丸い突起はバルナック型ライカのスタイルで、プロトタイプはそれを継承していたという解釈で良いと思います。ちなみにライカM3が発売された後にバルナック型ライカの最終機として上市されたライカⅢGの突起も丸型です。
裏蓋左下にある謎のボタンは何のためのもの?
ライカM3プロトタイプ30号の背面の画像が出てくるたびに気になっていた方もいらっしゃると思いますが、裏蓋の左下に銀色のボタンがありますよね。これは量産型のライカM3には採用されなかったもので、その存在理由を探ってみたいと思います。このボタンの裏側って、どうなっているのでしょう。
フィルム圧板まわりも仕様が異なる
底蓋を外して裏蓋を開き、フィルム圧板の設置状況を観察してみましょう。左がプロトタイプ30号、右が量産初期型のライカM3です。プロトタイプは圧板のサイズが小さく、その素材も量産初期型がガラス製であるのに対し、セラミックスのような質感です。そしてコンパクトな圧板の横手に沿って青焼きされた板バネが2本のネジで固定されており、バネの先端には楔(くさび)状に削り込まれたパーツが装着されています。
フィルムマーカーパンチでポチッと刻印する
銀色のボタンを押すと、楔(くさび)状のパーツによってフィルムに小さな凹みが刻まれます。上の写真は、ボタンを押してフィルムに印をつけてみたもの。パーフォレーションの真下の絶妙な位置に印がありますね!ボディシェルのアパーチュア外周部にはピンの先端が入っていく凹みが設けられており、ピンはフィルムを貫通しません。だからボタンを押してもブチッ!といった感触はなく、むにゅっと押し込むだけという感じです。
ライカM3プロトタイプの役割とは基本的に量産前の計測用の機体なので、何らかのテストを行う際に基点となるコマなどにマーキングをするのに使われたのではないかと推測できます。この機構のことをフィルムマーカーパンチと呼ぶそうです。
よく観察するとフラッシュの刻印が細い
ここまで一気にプロトタイプ30号における量産型ライカM3との違いについて語ってきましたが、デザート的な扱いのネタもご紹介しておきます。エレクトリックフラッシュおよびフラッシュバルブのシンクロ接点に刻印されたイナズマと電球マークの刻印がプロトタイプ30号では細いです。
これが量産初期型になると太くなっていますねぇ。まじまじと観察を続けていくとクロームメッキのトップカバーの梨地のざらつき加減などにも相違があり、ごく短い期間に変化を遂げたディテールの数々を見出していくのはとても楽しいです。
まとめ
ちなみに丸山さんがライカM3プロトタイプの存在を知ったのは1998年。「当時のICSクラシックカメラプライスガイドに掲載されていたものでした。“このモデルはあまりに珍しすぎるため『時価』としかお伝えできないのが現状です”との記載があり、番号は0030でした。その実機が27年後に自分の目の前に現れるとはすごいことです」とのこと。
このライカM3プロトタイプ30号、とてもコンディションが良くてフィルムを装填すれば即撮影が可能と思われます。そこでレンズのお見立てをお願いしたところ、ごく初期のスクリューマウントのズミクロン5cmを装着してくれました。市販品15番目のズミクロンで、プロトタイプ30号とほぼ同年代。このコーディネートで写真を撮るという至福の時を体験できる人って、かなり羨ましいと思います。
ご紹介のカメラとレンズ
ライカM3 プロトタイプNr.0030
ライカ ズミクロンL f2/5cm
案内人
ヴィンテージサロン コンシェルジュ:ライカフェロー 丸山豊
1973年生まれ。愛用のカメラはM4 ブラックペイント
執筆者プロフィール
ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。編集企画と主筆を務めた「Leica M11 Book」(玄光社)も発売中。