新宿 北村写真機店のカウンターで、お薦めライカを味わい尽くす|Vol.022 ズマロン35mm F2.8
はじめに
皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。新宿 北村写真機店の6階にあるヴィンテージサロンのカウンターで、ライカをよく知るコンシェルジュお薦めの一品を見て、触らせていただけるという企画、『新宿 北村写真機店のカウンターで、お薦めライカを味わい尽くす』。本企画は旬なネタをその場で用意してもらうので、取材当日まで何が出てくるのが分からないのが面白いところです。
コンシェルジュのお薦めは?
今回お薦めライカを見立てていただいたのは、新宿 北村写真機店コンシェルジュの中明昌弘さん。プロのフォトグラファーだった経歴を持ち、写真を撮るという実用の視点と趣味性の高さが両立したセレクトが持ち味の中明昌弘さん。前回(Vol.021)はM型ライカ用の広角レンズ、ズミルックス35mm F1.4の2ndバージョンでしたが今日のアイテムは何でしょう?
ズマロンという名の35mm広角レンズ
「今日の主役は、こちらです」と意味ありげな微笑みを浮かべながらカウンターの上に置かれたのは、小ぶりなクローム仕上げのライカMマウントレンズでした。ぱっと見た印象では1950年代の後半もしくは1960年代の製造と思われる上品な仕立てで、全長の短さから広角レンズであることが分かります。
もしかしてこれはライカMマウントのオールドレンズの中でも特に人気の高いズミクロン35mmF2の初期8枚玉と呼ばれるモデルでは?と思ったのですが、昨今の中古市場での価格を鑑みると実用性も重視する中明昌弘さんがセレクトしてくるのは違うかも‥。と自問自答しているうちに正解を教えてくれました。「このレンズは、ズマロン35mm F2.8です」
ズマロンという名前のレンズについて
ズマロンという名前のレンズは、2016年にライカカメラ社がスクリューマウントの28mm広角レンズをMマウント化して復刻させたことで注目を集めた銘柄ですが、そのズマロン28mmのオリジナルが登場したのは1955年のこと。実はそれより前にズマロンというレンズは存在していて、それが1949年に製造が開始されたズマロン35mmF3.5なのです。
バルナックライカの時代に登場したスクリューマウントのズマロン35mmF3.5はそれから何度か仕様変更を経て、ライカM3の登場とシンクロして1954年にMマウントのモデルが登場します。写真の右にあるのがMマウントのズマロン35mmF3.5です。距離スケールはmかfeetのどちらかしか刻印されていない仕様ですね。左にあるのが今回のお薦めアイテムであるズマロン35mmF2.8で、こちらはmが黒、feetが赤文字で併記されています。
F3.5のレンズを進化させたF2.8のズマロン
最初期のズマロン35mmF3.5はφ36の小径フィルターで回転式ヘリコイドのスタイルでしたが後にφ39という戦後のライカレンズの標準的なフィルター径となり、その後直進ヘリコイド化してピント合わせしてもレンズの前玉がクルクル回らない仕様に。この近代化されたズマロン35mmF3.5が右のレンズになります。とはいえ距離調整つまみの部品などに、戦前のライカレンズから受け継がれるクラシカルなディテールも見受けられます。
これをさらに進化させたのが左のズマロン35mmF2.8で、登場したのは1958年のこと。「高屈折のランタンガラスを採用することで開放F値をF3.5からF2.8に明るくすると同時に描写性能を上げています」
外装は人気のズミクロン35mmF2と瓜二つ
こちらの2本のレンズの外観、そっくりだと思いませんか? 左が今回の主役であるズマロン35mmF2.8で、右がズミクロン35mmF2の通称8枚玉と呼ばれるモデルです。
「ズマロン35mmF2.8は、見た目がズミクロンの8枚玉に本当によく似ているというところが特徴です。発売開始された時期も1958年でズミクロンの8枚玉と同時で、その関係もあるのか鏡筒の部品は全く同じものを使っています。現在の中古市場では8枚玉は60万円から80万円が最多価格帯ですが、35mmF2.8のズマロンなら状態の良いものでもでも20万円代の後半で手に入れることができます」とのこと。すなわち相対的なコストパフォーマンスが高く、実用視点でお薦めアイテムを選んでくれる中明昌弘さんらしいセレクトです。
フードを装着すれば、さらに見分けがつかなくなる
「F2.8のズマロンは無限遠ロックがパチッ!となって使用感が気持ちいいだけでなく格好も良くなったと思います。外装部品はズミクロン8枚玉と本当に同じで、真鍮とアルミを使っています。やっぱりこの時代のライカレンズは高級感があっていいですね。しかもアクセサリーのフードまで共用できるようになっています」
ということで当時の定番フードで各種の50mmおよび35mmライカレンズに共用で使えたIROOAフードを装着してみると、ますます8枚玉のズミクロン35mmと見分けがつかなくなります。判別ポイントの絞りリングの数値がカモフラージュされ、前玉の大きさも角度によっては見えづらくなるので、ズマロン35mmF2.8は“なんちゃってズミクロン8枚玉”的なキャラクターを有しているとも言えます。
開放絞りから心配なく使える光学性能
「ズマロン35mmF2.8は、ズミクロン35mmの8枚玉と比べて1段絞りが暗くなって、レンズが2枚少なくなっています。4群6枚で絞りを挟んで対称の光学設計は無駄がなく、僕はすごく好きです。本当に安定して開放絞りから撮れるので、シチュエーションを選びません。同じF5.6で撮ったらズミクロンの方がトーンは柔らかく出るとは思いますが、ズマロンであればどの絞りでもすっきりシャープに撮れるという利点があると思います」とのこと。
ちなみにズマロン35mmF2.8にはズミクロン35mmの8枚玉と同様に、鏡筒先端部が初期ではシャイニーで後期ではサテン仕上げになり、ライカM3で使用しても35mmの撮影フレームが出る“メガネ付き”のモデルがあることに加え、スクリューマウント仕様も用意されていて、そのモデルならバルナック型ライカでもM型ライカでも使うことができます。
まとめ
ライカ用の広角レンズとして数多くの選択肢が用意されている焦点距離が35mmです。オールドレンズで何が一番人気かと言われると、F1.4のズミルックスとF2のズミクロンが東西の横綱という印象。その両者に隠れてしまうのがズマロンですが、使いやすさと買いやすさという利点のあるレンズです。
「ライカのレンズを初めて使ってみたいけれど予算は抑えたいという方に紹介することが多いです。オールドらしい写りもしますし、今の高解像レンズと比較しても絞ってしまえば遜色ないレベル。発色は抑え気味ではありますが本当にいいレンズだなと思います」
実は不肖ガンダーラのライカレンズ最初の1本は、ライカ蒐集家だった幼馴染のお父さんから適価で譲り受けたスクリューマウントのズマロン35mmF2.8だったので、中明昌弘さんの意見に深く同意です。
ご紹介のレンズ
ズマロン35mm F2.8 Mマウント 価格:26万4000円
案内人
ヴィンテージサロン コンシェルジュ:中明昌弘
1988年生まれ。愛用のライカはQ3
執筆者プロフィール
ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。編集企画と主筆を務めた「Leica M11 Book」(玄光社)も発売中。
※価格は取材時点での税込価格